オーマイガー東京

オーマイガー東京というブログを24歳東京暮らし新卒2年目のエンジニアが書いています。

パンとバスと2度目のハツコイを孤独という観点から考えたら感動した

本日岐阜にて3度目のパンとバスと2度目のハツコイを見てきました。

外ハネの深川さん本当に可愛い。

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かつて(120日前/7月1日現在)にこんなパンバス考察を書いていました。

www.ohmg.tokyo

www.ohmg.tokyo

で、途中で仕事が忙しくなって書き途中だったんですが、今日久しぶりに見てやっぱり面白いな〜ってことで再度考察をかくモチベーションが高まってまいりましたので書きたいと思います。

しかしながら、かつての自分の思考を完全に取り戻すことができなかったので改めていまの自分が感じたことを書こうと思います。今回は孤独についてです。

1記事目は、”終わり”についての考察

2記事目は、”本質と形式”についての考察

で、今回の”孤独”についての考察です。それでは始めます。

孤独の始まりはプロポーズから

今作においてふみが本格的に孤独と向き合い始めたと感じたのは柏木さんからプロポーズを受けたシーンからだと思います。

今作では孤独との対極として結婚(=誰かと一生一緒にいる)というテーマを持ち出しています。
この柏木さんから一生一緒にいようとプロポーズを受けた時ふみは一瞬で断っています。その理由は第1の記事で述べた様に私の代わりなんているから、この恋愛にも終わりがくるし、終わりがきた恋愛をごまかして続ける精神性をふみは持ち合わせていないからです。

このプロポーズを断るという行為はつまり誰かと一生一緒にいるという行為を断る行為なわけです。
これはすなわち自ら孤独を選択し、孤独を選んで生きることをふみに自覚づける行為だったわけです。

このあたりから”ふみ”は結婚てみんな簡単にいうけどなんなんだよ!といろんな人に質問し、時には涙を流すわけです。その問題の涙のシーンがさとみと再会するシーンです。

さとみと再会して話を聞いていたふみは何故涙を流したのか

このさとみとの再会シーンでふみが涙を流した意味が1,2回見ただけでは全くわからなかったのですが、今回少しだけピンときました。
もうこれだけでも来てよかった。

何故ふみがさとみの結婚話を聞いて涙を流したのかを説明する前に1点だけ前提があります。

それは、さとみが同性愛者だということです。
パンバスを1度でも鑑賞した方ならわかると思うのですが、さとみはふみに真剣な告白をしており、劇中でも女性しか愛せないと思っていたということを述べています。

その同性愛者のさとみが、女性と結婚するならまだしも好きな男性を見つけてこの人なら結婚してもいいかなと思えたと話すではないですか。

このことはふみに大きな衝撃を与えたはずなのです。
何故なら愛情の対象が女性である同性愛者。つまり一般的にマイノリティとされる立場のさとみですらも性的指向を超えた相手と出会い結婚に至っているのです。 それなのに、私はどうしてこうも孤独なのだろうか。何故誰かと一生一緒にいようと思えないのだろうか。

という心の揺れ動きが感情の高まりとして涙という形で溢れ出た瞬間だったんじゃないでしょうか。で、ここからしばらく経ってタモツへの意味深発言に繋がっていきます

(補足:個人的に同性愛について特別な感情が全くなく同性愛は特別でもなんでもなく自然な現象だと思っています。現代は性別を愛する時代を終えて、人を愛する時代なのではないかと思っている所存です。

私は寂しくありたいんだと思う。という発言の真意

ふみがタモツに頼んでバスの洗車を見せてもらうシーンで”私は寂しくありたいんだと思う”という内容の発言をふみがします。

最初は文字通り受け取っていたのですが、今回3回目の鑑賞でまた受け取る印象が変わりました。

ふみは自分が何故孤独を選んでしまうのかについて、柏木さんからのプロポーズを受け、そしてさとみの結婚の話を聞いてずっと悩んで来ました。
悩んでなかったら、あんなにみんなに結婚ってどういうことなのかを聞いたりしませんし、あのシーンの涙もなかったと思います。

その過程を経た上で、 “あ、私って孤独を自ら進んで選んでるんじゃないか?”と客観的に解釈することができた上でのあの発言だと考えるとすっと辻褄があうような感覚がします。

つまり、どうして結婚できないのかを真剣に考え続けた結果、私って結婚できないんじゃなくて、孤独でいたいんじゃないかと考えることができたと一歩前進できた瞬間だったんじゃないでしょうか?

そして、そう考えることができる根拠としてあのコインランドリーのシーンがあるわけです。

コインランドリーにある孤独の発明という本はいいね本当に

コインランドリーは孤独に関する本がたくさん並んでいます。さらにそこからふみが手にとった本がまた面白い。
違ったらマジで恥ずかしいのですが、確か”孤独の発明”という本を手にとっていたと記憶しています。

そう。孤独は発明されたものなのです。

孤独というのは人間がわざわさ発明したものなのです。 誰かにとって孤独というのは必要なものだったから、人間によって発明されたのです。

あ、孤独でいたい人はわたし一人じゃないんだという安心と共に孤独は悪いことなんじゃないんじゃないかとふみが思い始められるきっかけになった場所がこのコインランドリーなんじゃないかなと思います。

さらにコインランドリーでは孤独について深めて行ってくれます。それがあの少年との会話です。

洗濯機と子供とお爺さんとふみと

そもそもふみがこのコインランドリーに行くキッカケとなったのが、自宅の洗濯機が壊れたからなのですが、この洗濯機の演出がまたにくいですよね。

洗濯機の修理に来てくれたら業者が"こんなに大事に扱っていただいてありがとうございます。でも、もう買い換えないとダメだと思います"と述べています。

沁みる

大事に扱っても壊れるものは壊れるんです。これ完全にふみの恋愛観のメタファーですよね。つまり洗濯機はふみの恋愛そのものなのです。大事にしてても壊れるのよ。

それで、ついにふみがコインランドリーに行きます。そこで少年がお爺さんとの話をしてくれますね。

  • 孤独の本はもともとこのコインランドリーに通っていたお爺さんのもので、それを少年が譲り受けたのだと。
  • 孤独の本に孤独はなくて、このコインランドリーそのものが孤独なんだと。
  • なんでお爺さんがコインランドリーに来なくなったかというと、新しい洗濯機を誰かが買っちゃったからだと。

やっぱりこの展開を作れる今泉監督恐るべしと考察していて更に思います。

自宅の洗濯機は人の恋愛のメタファーで、コインランドリーは孤独のメタファーなんですよね。ここでは。

それで、お爺さんは新しい洗濯機(恋)を誰かが勝手に持って来てしまって孤独の世界に来なくなってしまった。つまり、結婚を選んで孤独からさよならしたわけです。

そして、その後の発言が実にエモい。見所!!!

  • お姉さんももう来なくていいよ。孤独は俺が守るから。という少年の言葉に対して、ふみから明確にまた来るよ。わたしには必要だからと。

ついにふみが明確に孤独を前向きに選択しました。
たもつとの洗車のシーンでは、孤独になりたいのかなぁ程度だったふみが、この少年との会話の中で明確に孤独は私には必要なんだと断言する。

そして、繋がってくるのです。 Alone Again (Naturally)という言葉に。今泉監督すごい。

(補足: このコインランドリーのシーンが夢かどうかみたいな議論があるんですが、個人的にはふみの心的会話を具現化したものだと思います。だから、夢派です。

Alone Again (Naturally)という言葉にこめた思い

終盤のシーンでタモツがソファーで寝ているところを、ふみが絵を描き始めて辞め、そしてAlone Again (Naturally)と意味深な文字列を残してラストのシーンに向かいます。

この言葉をふみはどんな気持ちで書いたのか。今回3度目のパンとバスと2度目のハツコイを見てようやくぼんやり見えたような気がしました。

この言葉にふみが込めた思いとは

わたしが再び孤独になる。ということは 誰かが当たり前なことのように結婚する見たいに わたしにとって当たり前なこと。

なんだということだと思いました。
いや文字通り読んだだけやんと言われてしまえばその通りなのですが、今日ここまでで述べた流れがあってこそ、キレッキレに生きてくるトドメのワードだと思います。

この言葉はふみと同じように誰かと一生一緒にいることが理解できない人にとっての救いなのだと思います。

誰かにとって結婚するのが当たり前なように わたしにとって孤独でいたいのは当たり前で同じことなのだと。だから、それはそれでいいんじゃないって背中を押してくれるような本当にいい言葉。

救われました。

補足) Alone Again (Naturally)はギルバート・オサリバンという歌手の曲でもあります。 歌詞を眺めてみるとまた違う感想があるかもしれません。僕の考察内容と歌詞は少しずれています。それは、僕が歌詞を重視したのではなく、曲名を重視して考察したからです。 Gilbert O’Sullivan - Alone Again (Naturally) - YouTube

パンバスは孤独について何が言いたかったのか

この作品を通じて今泉監督が何を伝えたかったのかは今泉監督の頭を覗いてみない限りわからないですし、わからない方が楽しいですし、わからないように配慮してくれています。

だから、最後は僕はこう受け取ったという感想だけ

世の中にはいろんな当たり前があるけど、あなたにとっての当たり前を大事にしたらいいんじゃない?
常識とか社会的な圧力とか色々あるけど、自然に生きたらいいんじゃない?
孤独みたいに一見ネガティブに見えるような状態も実は結婚とフラットで対等な立場にいるんだから気にしなくていいんじゃない?

って、そんな風に作品全体から話しかけてきてくれているような気がしました。
みんなが恋愛映画じゃなくて、人生映画だって言ってるけど本当にそうだなあと思っています。

いい映画。感動をありがとう。

深川さんのお陰でまた素敵なものに出会ってしまいました。深く感謝ですね。

パンバスみれる劇場こちらなのでまだの方急ぐんだ!以上!

www.pan-bus.com

岐阜楽しかったー!!!!

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